大判例

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福岡高等裁判所 昭和32年(う)56号 判決

判決理由〔抄録〕

<証拠略>によれば、本件事故現場(通称川久保谷の橋)は幅員約三・九米長さ約一五米のほぼ直線道路であるがそのすぐ北方(右橋の入口)において彎曲し、西方(右側)は不動山川へ約二〇米の崖となり、東方(左側)も川久保谷の嶮しい九米の谷(尤も被告人は当時四、五米の谷と思っていた)となって左右何れも危険な箇所であり、殊に路端は女竹に蔽われて一見しては確認し得ない状況にして、しかも前日来の降雨があり柔軟な粘土質の山道であるため道路両端附近の地盤に弛みを生じていた事実及び当時同所附近にはバスの進路を妨ぐべき人や車馬の往来その他の障害物は存しなかった事実が認められる。従って、かかる箇所を大型バス(車輪両側の最大幅員二・一八米、全長八・八八二米)に多数の乗客を乗せて進行する場合、路端に接近して運行すれば地盤の軟弱とバスの過重のため車輪が道路にめり込んで把手の操作が自由にならず路端を崩して転落等の事故を惹起する危険があるから、自動車運転者たるものは最も安全な道路中央を通るか、少くとも路端より十分間隔を保って中央寄りを進行し、以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務あるものと謂わねばならない。原判決が「かかる場合該橋部に前記の如き大型バスを乗り入れる際には安全な道路中央を通るか――該路端寄りを進行することによる車輪の道路へのめり込み乃至道路崩壊の危険及びこれによる事故の防止に細心の注意を払った上で車を進行させるべき業務上の注意義務あるに拘らず」と判示しているのは、措辞不十分にして粗漏の譏を免れないが挙示の証拠と対照して判文を熟読すれば、右と同趣旨の注意義務を判示したものなることが窺われる。尤も、原判決が「路端寄りを進行する場合は自ら又は同乗の車掌を介して路端を確めた上、車掌の誘導等の方法によって」と判示していることは所論のとおりであるが、これは判文に明らかな如くやむを得ず路端に接近して進行する仮定の場合の注意義務を判示したものにして、当時人や車馬の通行、障害物等のためやむを得ず路端に接近して進行しなければならなかった事情は存しないから、右注意義務は本件に無用のことを仮定的に判示したものなることが窺われる。而して、若し仮りに前記事情のためやむを得ずして路端に接近して同所を進行する場合には、自動車運転者に右判示の如き注意義務を要することは同所の地形、情況等に照らし当然の事理と謂わねばならない。原判決が右注意義務を認定したことにつき所論の如き社会通念乃至経験則違反は存しない。

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